michiko Aug.2015


これも以前の写真で、2015年8月の暑い日の朝、当時住んでいた家、恋人だった頃の妻。
そういえばこの頃は自分のパジャマ着てたなあとしみじみ(ほどなくして僕のものを着るようになる)。変なダンスを踊っているわけではなかったはずで、僕のところへ駆け寄ってくるところということにしておこう。
ちなみに、床が光っているのは、彼女が掃除してくれたからである。
michiko Nov.2015


年始に少し時間があったので、撮りっぱなしになっていた写真を見直してみたりした。
これは2015年の11月、当時住んでた家。まだ恋人だった妻が洗面台に向かっているところだと思うのだけど、詳細なシチュエーションは忘却の彼方。なぜトイレのドアが開いているのかも謎。
然るべき時間を経て、勝手に(あくまでも僕にとって、だけれども)いい具合に育ってくれていた写真と嬉しい再会ができるのは、僕みたいな忘れっぽい人間の特権だと思う。なにしろ、いい時間だった、という肌触りだけを甦らせてくれる。
(誕生日おめでとう)
michiko Jan.2016


なにかお正月の写真でも、と探していて、この1枚が目に留まった。
3年前、2016年の1月上旬、当時住んでいた家のすぐそば、まだ恋人だった妻。
そういえば、真冬でもよく一緒に外を歩いてたなあと懐かしく思い出す。
寒くないように着込んで寄り添って、散歩に行きたくなりました。
本年もどうぞよろしくお願いします。
michiko


年越し蕎麦的に、妻と久しぶりの外食。メニューと睨めっこしてさんざん悩んだ末に選んだのは、けっきょく二人とも同じ鳥南蛮。珍しくちょこっとだけアルコールも。
今年も本当にいろいろとありがとう。
みなさまもよいお年を。
michiko


二日前の妻の戦利品。
よいものに出会わせてくれる神様がもしいるとしたら、妻はその神様に愛されている人間だと思う。では僕はといえば、逆にかなり嫌われている部類ではなかろうか。
どこが違うのかといえば、けっきょく日頃の行いなんだろね。正しく生きてきたか、そうでないか。
メリークリスマス。
michiko


妻の痛みをわかっていなかった。わかっていたい。
michiko



背を向けている妻がどんな表情をしてなにを考えているかもわかるなどと思い上がってはいけないということだ。
michiko


この写真を撮ったころの約束をなに一つ実現できていない。
michiko


1月22日、東京も雪。
妻の膝下くらいまでの積雪でありました。
外に出るときに応急的に穿いた僕のジーンズが意外と似合っているというところが重要。
michiko


BankART Studio NYK。
森さんの展示を見るのが主目的だったのだけど、妻が広松木工さんの家具にすっかり魅入られてしまって予定外の長居。
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